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Forget-Me-Not
第11話

 井の頭公園まで来たついでに、吉祥寺まで足を伸ばすことにした。
この街は、アタシにとって終着点的な意味を持つ。何か問題があると、
井の頭公園の弁財天経由で必ずここに来るからだ。陽が沈むと、風が冷たい。
向かい風を浴びながら、アタシは進む。レザーブーティのヒールが、
コツコツとアスファルトに足音を刻む。

・・・久し振りに、寄って行こう・・・

 アタシは、ある人物に逢いたくなっていた。
楓の中学の担任だった教師。この人がいたから、
アタシは今こうして、生きていられる。
そして、楓も、まだ人として生きていられるのだ。
直接、アタシは勉強を習ったことはないけど、
もっと大切なものを、この人から教授されている。
手ぶらで訪れるわけにはいかない。適当な店を見つけて飛び込んだ。
 ここに来るのは、2年ぶり。
「マルクスの家」
先生は、一人暮らしだ。結婚経験はなく、
本の山の中で酒と煙草と心中しそうな変わり者・・・
 2年前は、既に教職から離れていたけれど、
今どうやって生活しているのかは見当もつかない。
「本を読まない人間は、人間を名乗る資格は無い」
これが、先生の口癖だった。
 インターフォンなんてあるはずがない。代わりに、糸電話ならありそうだけど。
予想通りインターフォンは無く、予想外に糸電話も無かった。
控えめな玄関チャイムを指で押すと、電池が切れ掛かっているようで、
乾いた音がした。2度鳴らすが、応答はない。
また、鳴らす。
・・・・・・・・
出て来ない。アタシは、以前のように勝手に上がり込んで、
古書の地雷をかわしながら、居間へと進んだ。
煙草の匂いが澱んでいて、アタシには不快なレベルだった。
先生は、ヘッドフォンで何かを聞いていた。
どこから見ても、不似合いな組み合わせ。
まるで猿がCDを聴いているようだ。
 アタシは、背後からCDプレイヤーに忍び寄り音量を下げた。
振り向いた先生は、アタシを見るなり、
「何をするんだね。いいとこだったんだよ」
「先生、窓開けていいですか?」
ヘッドフォンを外しながら、
「今日は、僕の生活を邪魔されてばかりだ」
と、不機嫌そうにエコーに火を点けた。
アタシは、そんな愚痴を無視して窓を開けた。夜風が部屋に入ってくる。
床に散乱していた原稿用紙が、低飛行で舞う。
「先生、お久し振りです」
「まりあ君、酒買って来た?」
「はい、もちろん。これでいいですか?」
バッグから、ボトルを取り出す。ワイルドターキー・・・・
「うむ、上等。相変わらず気が利くねえ」
さっきの不機嫌はどこかへ消え失せてしまったようだ。
テーブルの湯呑み茶碗をアタシの前に差し出して、
「注いでくれないかな?」
先生は、咥え煙草で言う。
アタシは、栓を開けながら、
「先生が、CDを聴くなんて意外です」
「どうして?」
「先生は、レコードって感じですから」
「レコードねえ・・・」
アタシは、ターキーを湯飲みに注ぐ。
「実は、さっき来た客がCDとプレイヤーを置いていってくれたんだよ」
灰皿を見るとエコーの残骸の上に、
ショートホープの吸殻が数本突き刺さっている。
「いちご白書をもう一度・・・これを聴くと昔を思い出すよ」
「バンバンでしたっけ?」
先生は、遠い目をして煙を吐き出す。
 この人物には、謎が多い。いろんな噂は昔からあったが、
どれもこの「楠木伊丸」という人物からは、
想像がつかないものばかりだった。
この人の過去に何があったのか?
アタシは、暴いてみたい衝動に駆られ、
ターキーを、もう一つの湯飲みに注ごうとした。
・・・汚い・・・
以前の酒が乾いてこびり付いている。
洗いたい衝動にも駆られ、一瞬手が止まった。でも、
・・・どうせアルコールで消毒されるんだから害はない・・・
そう思い直して、そのままボトルを傾けた。
・・・酔っちゃえ・・・
湯飲みを口に運び、グイっと一気に喉に流し込む。
喉が焼ける。灼熱の血が蘇える。
 忘れかけていた時間を、マルクスと一緒に辿りたくなった。

to be continued....
JUGEMテーマ:小説/詩
| 小説【medium】 | 14:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
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